閑話休題 ⑦

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閑話休題シリーズです。今回は、読書の中から拾ってきた言葉に関係する引用です。

引用元は、沖方丁氏、老孟子氏、柏野牧夫氏からで、そこから編集してみました。

ちょっとした実験です。

 

1. 人間はなぜ嘘をつくのか?

嘘とは, 人間の「架空の巣作り本能」というべきものの帰結なのです。自然界には, 鳥や蟻など, 生存のために巣を作る生き物が沢山います。この「巣」は利己的なものではありません。鳥は親子や夫婦が, 蟻は共同体全員が, ともに生存するために巣を作ります。そして人間は, 彼らよりはるかに複雑な手段で同じことをしようとします。

 

その手段の一つが「言葉」です。人間は言葉によって文明という巨大な巣を作ります。法律・神話・科学・哲学などなど。それらが正常に機能する間, 言葉は真実としての役目をまっとうしますが, ひとたび矛盾が勃発した時点で「嘘」になるわけです。神様はいない, 戦争に負けた, マニフェストを守れとか。ちょっと話が大げさだと思われるかもしれませんが, 要するに, 嘘は人間の本能から生まれ, その背後には, 「自分と他人が幸せになれた可能性」が, 必ず隠されているのです。その可能性を感じると, 人間は, ひたすら盲目的になってしまいます。しかし鳥や蟻が結構巣作りに失敗して, 風で飛ばされたり, 雨で全滅したりするように, 人間も大いに失敗します。中には最初から努力なんかせず, 人の巣を奪うことに血道を上げる生き物もいます。でも最終的には, 何度となく, 幾世代にもわたって数々の「嘘」になってしまった過去に負けず, 巣を作り続けようとする生き物が, 大いに発展してゆきます。

嘘は, 人間が「死」と同じく忌み嫌うものです。しかし死が世界の一部であり, その背後には生命の連鎖があるように, 嘘は人間の一部であり, その裏には「嘘だったから」というだけで否定してはいけないものが必ず含まれているのです。

 

嘘は若者の挫折につきものです。善意も悪意もごたまぜになって, 信じたものが嘘に変わり, 嘘におびえ, 自分に嘘をつき, 人に嘘をつきます。そしてそれでも, 自分と相手がともに求める真実を, 何度でも見出そうとする。そうしながら, 少しずつ, 進むべき正しい道を辿っていく。そういう姿を, 僕は成長と呼びたい。

 

沖方 丁

 

 

2. メッセージ

メッセージなら具体的に説明する。メタメッセージは具体的な説明を通して、この人はなにを面白いと思っているのかとか、なにを大切だと思っているのか、そういうことが間接的に伝わる。「卒中にならない食事」という週刊誌の記事があるとする。直接的な内容が書いてある。でもこの種の記事のメタメッセージは何か。食事に気をつけたら、卒中が予防できる。そういう記事が続けば、メタメッセージがもっとはっきりしてくる。それは「健康は自分の日常の生活しだいで左右できる」というものである。さらに進めば「身体は意識でコントロール可能だ」と、現代人は本当にそう思っている。

 

「情報化されるものだけが存在する」。それがネット社会のメタメッセージである。すべてが言葉になり、写真になり、図表になる。それがいかに貧しい世界か。それを子供達に確認してもらいたい。

 

バカの壁のそのまた向こう 養老孟子

 

3. 無い場所

何もないというのは, 情報がないのではない。「そこが切れている」という情報が明示されているのである。しかし切れているという証拠を隠してしまうと, 隠された背後では物体が繋がっているはずだと脳が瞬時に解釈する。

イリュージョンとは, 感覚器に与えられる光や音の特性と観察者の知覚内容とがずれているということだ。物理的な測定器としてみれば, たしかに人間の知覚は不正確かもしれない。しかし, 知覚の目的は, 観察者の周囲に何があるか. 何が起きているかを的確に把握することであって, 感覚器に与えられる光や音は, そのための材料, 証拠に過ぎない。

 

音のイリュージョン 柏野牧夫

 

嘘、つまり無いものを在ることにする。その結果が分かるのは達成したときだけであって、達成しなければ嘘にはなりません。嘘は通常良くないものとしていますが、嘘の中にも新しいものを作ろうとするあがきがそこにあると思います。

メッセージ、情報の更新が早くなるにつれ、主張だけでそれにつながる理屈や説明を確認することがだんだん難しくなってきた今、その裏側にある文脈も置き去りになりそうです。

自然は隙間を嫌います。真空は空気を掻き出すことで得られ、脳の処理も入力を簡単にするために様々な工夫をこらしています。失敗したときなどは多くのエネルギーを使いますが、普通に暮らす分にはドンドン簡略化がおこわなれている。そんな中で、あるものだけを集中すると、そこからはみ出たものは無かったことになります。

 

ただ嘘だから、あるいは「無い」からで切り捨てるのではなく、その語れなかった部分もきちんと把握できると、人生に幅ができそうです。

 

それにしても文章を書いている人達の文言は分かりやすい上に、主張以外に感じるものがありますね。

 

ご一読ありがとうございました。